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タイトル:沖縄の農村の歴史

サブタイトル:1.水と農業のかかわり

雨垂い水や醤油使え(アマダイミジヤショウユジケエ)

 雨水は醤油を使うように大切にしなさい、という沖縄のことわざがあります。
このことわざには、昔から沖縄の水不足に悩まされてきた歴史が込められています。

 琉球時代の集落は、井戸を中心に形成され、今もなお信仰の対象として沖縄各地にあります。沖縄方言では、井戸の事をカーガーヒージャーなどと呼んでいます。
1950年代頃まで、カーの湧き水は生活用水や農業用水として利用されていましたが、水道用水の整備により現在はわずかなカーが農業用水として一部使用されています。

 また、農業用水として雨水や排水をためる共同のため池(クムイ)も使用していましたが、クムイの規模は小さいためすぐに乾上っていました。それは沖縄の降雨が年間を通して平均的なものではなく、5〜6月の梅雨期と8〜9月の台風期に集中しているという特色があるからです。

 1971年八重山地方を襲った記録的な干ばつが契機となり、かん水施設の整備への要望が高まり、本土復帰に合せて国営事業が推進されました。
  一方離島の農業用水を確保するため、1979年、宮古島市城辺に大規模な国営皆福地下ダムが建設され、その後県営地下ダムも久米島町にカンジン地下ダムが建設され開墾地が増大しました。沖縄の貯水能力は復帰前のほぼ10倍に拡大しています。

 

 

 

「桶で水を運ぶ様子」
写真提供:南城市 教育委員会 生涯学習課 市史編纂係


垣花樋川(シチャンカー)
〔南城市〕


桶で水を運ぶ様子


カーでの水汲みの様子

 

 

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